「食糧・弾薬の無いなかでは戦はできない」と、軍命を無視して撤退。
「決断を一日でものばすと、部下の血を最後の一滴までしぼりとることになる」(佐藤幸徳)

劇団響公演
インパールの空のもと
-佐藤幸徳中将物語-

作・阿部利勝 演出・池田はじめ

佐藤幸徳さんの決断や行動は、さまざまな議論の引き出しをもっています。
庄内町に幸徳さんがいたことで、私たちは、太平洋戦争の不幸な歴史を忘れない、そして、令和の切り口で、幸徳さんを描きます。
と、同時にインパール作戦をけん引した、牟田口廉也司令官の情念を、踊りにしました。

乞うご期待!

公演期日 令和元年12月6日(金)午後6:30分より
12月7日(土)午後1時30分より
開場はいずれも30分前になります。
・いよいよ稽古の方も佳境に入ってまいりました。

☆地域文化の掘り起こし
・今回も地域文化の掘り起こしということで、第二次世界大戦のインパール作戦時に、「ママも、弾もねえながでやってらんね、けろけろ、兵を腹へらがして死なせるバガいっが」(余目弁)、と死刑も覚悟の上で上司の命令を無視し、食糧と弾薬のあるとされる地点まで部下を退却させました。

☆構成について
・今回プロット(構成)が、はじめから頭にあり、幸徳さんが余目に帰省中のエピソードを前後に、中に、コヒマ進攻の戦地(戦闘ンーンと軍上層部のやり取り)を挟みます。
1.余目でザッコしめ(戦後、稲刈り後の農業用排水路的な場所)
2.インパール進攻(はじめは敢闘、徐々に劣勢、食糧・武器の枯渇において撤退。並行して、軍上層部の撤退時のやりとりや、作戦中止前後の模様、軍医における診察)
3.余目での幸徳さんの日常(帰還兵の出迎えや弔問の日々)を描き、いよいよ一足先に東京へ帰ります。

☆師団名
・第31師団・別名、烈(れつ)兵団。戦地のはじまりは、昭和19年3月15日夜半、ビルマ牛に武器と食糧をしこたま背負わせてチィンドウイン河を渡るシーンから始まります。牟田口司令官の口癖「3週間でインパールをおとす」なので、食糧もそれなりにしか持たないというのも、戦術としてはありなのでしたが、戦況が悪化し長引けば、あわわの、悲劇がまっているわけです。

☆フィクションとして
・令和にかわり、先の大戦をようやく物語として描けるような時代に入った気がきます。と、自分を説得させています。なぜなら、インパールからの帰還兵の手記も含めインパール関連の書籍はかなりあり、企画を提案したものも、資料を読んでいて怖くなり、「あれあれ失敗したか」と、思ったこともありました。そこは、現在同じ小学校学区、庄内町立余目第一小学校の後輩として、甘えさせていただき、史実をもとにしたフィクションとさせていただきました。

☆演劇として
・映像は「SFX」、「CG」などデジタル技術が進化し、撮影が終われば、編集、リピートが自在です。演劇は、一回や二回の公演のために人海戦術で演じます。ひところ、それが非常に効率の悪いことなのかな、と思ってましたが、ここにきて、演劇は身体表現で、ダンスのように効率のみで語られるものではないので、と考えています。
さて、話を戻し、幸徳さん率いる第31師団(烈)は、直属の部下が、参謀長・加藤国治大佐になります。そこに、実名の無い、少佐をトリックスター(道化師)として配役いたしました。この少佐は、終戦後は役者を目指すという設定で、加藤大佐とコミカルな劇中劇を演じたりします。
あと、自分のなかの肝は、兵士集団のことです。
准尉、軍曹他、5名の兵士、計7名、すべて創作上の氏名になります。
その時代に生まれ、招集され散っていった命。自分が、戦地に行ったなら、例え過酷であろうと、たぶん自分自身を洗脳し、生きようとする自身の肉体と共に、どこかに喜びを見つけようと必死になる自分を投影させています。
だから、戦闘シーンは、ポップに(軽く)描きたい。
たとえどんな結末を迎えようとも。

その中に、幸徳さんの取った行動を知り、検証(興味を持っていただくこと)することは、風化しつつある太平洋戦争をあぶりだし、明治維新から、最後の内戦「西南戦争」、日清・日露戦争へて、ある種、必然に導かれるように戦争を行ってしまう人間の業のようなものから、ある意味、今風にいうと、空気を読まない(ような)合理的精神、上司の命令に対する対応とか、さまざまな議論の引き出しをもっていて、演劇作品としても稀な逸材といえましょう。
また、牟田口さんの情念が、不幸なインパール生み出したように、この芝居をやるぞという情念はある意味共通です。
なので、牟田口さんの情念を「舞踏」にしております。
あくまでも物語としては、インパール作戦をけん引した、牟田口さんという格好の対抗軸がおり、ドラマとしてメリハリが付けやすといえます。

☆主な登場人物の説明(インパール作戦時)
・河辺正三(かわべまさかず)(中将)明治19年生まれ・・ビルマ方面軍司令官。幸徳さんに健康診断を受けるように命令する。(図参照・この芝居のなかでは、もっとも偉い人。盧(ろ)溝(こう)橋(きょう)事件時も牟田口さんとは上司部下の関係) 
・牟田口廉也(むたぐちれんや)(中将)明治21年生まれ・・第15軍司令官。インパール作戦をけん引した中心人物。作戦時中には烈・祭・弓兵団を指揮する。途中三人の師団長全員を更迭(こうてつ)する。(幸徳さんとは犬猿の仲といわれる)
・久野村(くのむら)桃代(とうだい)(中将)明治26年生まれ・・第15軍の参謀長。牟田口司令官の命令で、幸徳師団長の退却を止めに行く。部下の薄井誠三郎少佐(第15軍後方主任参謀)も同行したが幸徳さんより、しこたまごげらいる。
・加藤国治(大佐)・・第31師団(烈)の参謀長。幸徳さんの部下。
 ※劇中の同師団の少佐は、創作の人物になる。
・鎌田調(軍医部長)/山下實六(精神科の軍医)・・インパール作戦中止後に幸徳さんの健康診断を行う。
・准尉(じゅんい)・・准将校。ノンキャリア組の到達点。劇中、准尉・軍曹、以下5名の兵士は、創作上の集団で、幸徳さん率いる烈兵団の精鋭部隊。

参考書籍
・抗命(高木俊朗)・インパール/「烈兵団」重機関銃中隊の死闘記(上村喜代治)・「烈兵団」インパール戦記(斎藤政治)・インパール戦隊記(黒岩正幸)・責任なき戦場 インパール(NHK取材班編)・戦慄の記録インパール(NHK取材班編)・インパール作戦/ビルマ方面軍第十五軍敗因の真相(大田嘉弘)・戦史叢書 インパール作戦(防衛庁防衛研修所戦史室)・二つの河の戦い/歩兵隊六十連隊の記録〈ビルマ編〉(「二つの河の戦い」編集委員会)・瞼のインパール(望月耕一)・遥かなインパール(伊藤佳一)・総員玉砕せよ!(水木しげる)・抗命の将軍(杉田幸三)
・資料冊子 抗命の将軍 佐藤幸徳中将 庄内町 佐藤幸雄著(佐藤幸徳追慕碑・烈会会長追慕の辞・子供が観る親の教育とその素顔等含む)
・佐藤家より 妻佐藤ふみ子「終戦後の家庭の良人の思い出」・娘松村幸子「父・佐藤幸徳の思い出」
・映像 責任なき戦場 インパール(NHK取材班編)・戦慄の記録インパール(NHK取材班編)他

劇団響とは

●山形県にある庄内町文化創造館 響ホールにて町民参加型の演劇活動を行っています。